人生とは鏡のようなもの

   

皆さん、こんばんは。

 

昨日、小さな恋人ができました♡笑

 

まぁその話はまた今度(^^)笑

 

ただ、入院してから一番嬉しい出来事だったのは間違いないですねー。

 

 

とまぁそんな楽しい日々を送っておりますけれども。

 

生きているからこそ、そう思えるわけで。

 

楽しもうと決意したから、

 

今ここにある幸せを見つけようと決めたから、そう思えるわけで。

 

それは、ディズニーランドに行こうとも、映画館に行こうとも、病院にいようとも、

 

「楽しむ」とまず決意した自分がいるから、楽しいわけで。

 

つまり、

 

どんな場所であろうとも「楽しむ」と決意するからこそ、楽しくなる。

  

 

何が言いたいのかと言うと、

 

幸せだから笑っているんじゃなくて、笑っているから幸せなんだ。

 

ってこと。

 

 

「人生とは、鏡のようなもの」

 

最近、僕がとても大切にしている言葉。

 

鏡の前に立っている自分と、

 

鏡の中に写る自分がいて、

 

その 鏡の中の人 が、(今ある現実)や(今の環境)そのもので。

 

 

鏡の前で目を閉じれば、

 

鏡の中の人も目を閉じる。

 

 

鏡の前で、怒った顔をすれば、

 

鏡の中の人も怒った顔になる。

 

 

自分が服を脱がないのに、

 

鏡の中の人(現実・環境)に「服を脱いでください」というのは、鏡でなくても身勝手な話だろう。

 

 

だから、

 

あなたが笑わずに、鏡の中の人(現実・環境)を笑わせることはできない。

 

 

楽しむ!と、もはや潜在意識レベルで脳が決意するから、そこが楽しくなるように、

 

現実が好転するから、あなたが笑うのではなく、

 

あなたが笑うから、現実も微笑んでくれるのだ。

 

 

全て、あなたが決めること。

 

大きな怪我を負って、悩み、落ち込んだこともある。

 

でも、それは 怪我 という事実が自分を落ち込ませたのではなく、

 

自分が、怪我を理由に 落ち込む と決めただけなのだ。

 

 

そうでなければ、占い師など、とうの昔に廃業だろう。

 

占い師が今なお数多く存在するのは、

 

その水晶に、その人の人生を生き抜くためのエネルギーを映し出しているからこそだ。

 

 

「占いを信じ込む」ことで、それが信念となり、エネルギーとなり、占いで言われたような現実になる。

 

それも、占い師が未来を視ているのではなく、(中にはそうい能力のある人もいるのだろうけれども→自分は実際に1人だけ出会ったことがある。)

 

あなたが、「占いのように生きる」と決意したからこそ。なのだ。

 

もう1度言おう。

 

「人生とは、鏡のようなもの」

 

 

あなたが笑えば、

 

世界は君に微笑む。

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