原口元気

   

皆さん、こんばんは。

この窮地に2戦連発とは、調子良いですね。

原口元気選手。

僕は観られなかったんですけど。。。笑

元気に衝撃を受けたのは小6の時のフジパンカップ。
フジパンカップというのは、各県の選抜チームが対抗戦をやるフジパン主催の大会。

僕は千葉県選抜として、
元気は埼玉県選抜として出場。

同じ千葉県選抜には、現在柏レイソルでプレーする茨田陽生や、
大宮アルディージャの泉澤仁がいて、

原口以外の埼玉県選抜には当時世代最強を誇った江南トリオ(原口、西澤、塩田)がいました。

対戦こそしなかったのですが、その時に初めて元気のプレーを観て度肝を抜かれました。

初めて身近に越えなければならない壁ができた瞬間と言いますか。

その大会で、元気と一緒に優秀選手賞を受賞して、ちょっと近づいた気分になったり。。。笑

その後、初めて元気とチームメイトとなってプレーしたのが、U-15日本代表の韓国遠征のとき。

ここで初めて、 ライバルだ って思えた気がします。

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*中学生の原口元気(^^)

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そして、そのあともう一度チームメイトとしてプレーすることとなったのが、2006年のメニコンカップ。

メニコンカップは、中学年代のオールスター戦。

選抜された選手16人が東と西に分かれて試合をする伝統の大会。

その大会にオールイーストの一員として元気と共に出場しました。


*自宅に大事に飾られている当時のユニフォーム。

同じ東軍には、原口やチームメイトだった茨田、仁の他に、

浦和レッズの高木俊幸、
FC岐阜の小野悠斗がいて、

西軍には、宇佐美貴史がいました。

そのメニコンカップで、元気との意識の差を感じた出来事がありました。笑

僕は、メニコンカップ前日練習の日が中学最後の体育祭と重なってしまい、

僕はメニコンカップに先発出場するためには前日練習を欠席してはならないと、涙ながらに体育祭を諦め、メニコンカップ会場の名古屋へと向かいました。

しかし、元気は、前日練習の欠席などもろともせず、体育祭に出たのちに遅れて夜に宿舎に合流してきました、、、

当然、翌日の試合にはスタメンで出なかった原口ですが、そこで先発出場することなんて眼中にないかのような、

目標は日本代表で出場することのみといった感じで、目の前のそういうことを全く意に介さず、ふてぶてしいまでの考え方を持っていたことを覚えています。笑

原口元気は、そこの強さというか、そういった部分のふてぶてしいまでの、性格的な突き抜けた才能を持っていました。

その時に、そこが圧倒的に足りないと感じましたし、それは今でも変わらないと素直に実感しています。

それが今のこの現状の差に繋がっているのかなと。その差だと。

本当に細かいところだけど、大きな差。。。

分かってるなら改善しろよ!ってね、、、

まだまだ負けたまま終わらないように頑張りますが、

未来の日本代表を目指す少年少女には、そういった部分の強さを持って欲しいと思います。

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